――メインルームに戻ったと思ったら上着とシャツを引き裂くように剥ぎ取られ、 紫煙を含んだ口でその紫煙ごと俺の舌に絡みついてきたもんだから、正直、酸欠になるかと思った。


Smoker of Smoker


 熱い吐息と紫煙が一息に体外へ出れば、その瞬間に一気に体内の熱が上がる。 口から放出されたはずの熱がまた体内で暴れ出す様はまるでハリケーンのようで、 ジャンは体を震わせてその恐怖から逃れようとして失敗した。 体に巻きつく太い腕がさらに熱を煽るように撫でまわし、 弱い部分を突いてはジャンの熱を体内に篭もらせていく。
「ル、キーノ……っ」
 無言で、ただひたすらに体を撫でまわすルキーノの腕にジャンは爪をたてる。 だがそれは止める手立てにはならず、逆にその手を取られて口に含まれてしまう。
「あっ……ちょっ」
 5本の指先にキスを落とされ、爪の形を確かめるように舌がそれを辿り、 指の股を丁寧に舐められる。手首の脈にキツイ口付けで痕を残して、舌で腕の血管の上を辿り、 肩から鎖骨にかけて噛むように歯をたてられる。 喉仏に噛み付いて悲鳴に近いジャンの嬌声に満足そうに舌を這わせて、 首から顎にかけて舐め上げようやく辿りついた引き結ばれた唇にキスを落とされる。
「ジャン、口開けろ」
「〜〜〜〜……っ」
 涙目のジャンが精一杯睨みつけるが、それはルキーノを煽る結果にしかならなかった。 必死に口を閉ざしていたジャンの鼻っ柱を摘み上げたルキーノは、 面白がるように唇に舌を這わせて今か今かとその扉が開くのを待っている。
 だんだんと呼吸が苦しくなってきたジャンはどうにかルキーノの手を外そうと手を伸ばすが、 その手をまた絡め取られきっちり握りしめられて捕らわれる。 もう片方の手でどうにか鼻を摘み上げる手をどかそうとするが、 もとより体格の差や力の差が歴然としている2人だ。 どうにもならなくなってしまい呼吸を確保するため、ぷはっと口を開いてしまった。
 その瞬間、息を吸う間もなくルキーノの舌が入り込み今度こそ酸欠に陥る、 というギリギリまで貪られたジャンの思考は完全にブラックアウトした。
「あ、オイ!!ジャン!!」
 ぐったりと腕の中で力尽きたジャンに慌てたルキーノがジャンを抱え上げベッドに横たえると、 その頬を軽く叩いて覚醒を促す。
「ジャン!!」
 少しやりすぎたかと反省していると、 ジャンの瞼がピクリと反応を返しそのマリーゴールドの瞳が姿を現しルキーノの姿を映し出した。 ホッとしたルキーノだが、その手はジャンのベルトを外しにかかる。 更々やめる気などないようだった。
「……ばぁか…………おれをころす気かよ……」
 虚ろな目でルキーノを見つめてジャンはいう。
「まさか。お前の死に場所は俺の腹の上だ」
 そして俺の死に場所はお前の中だと、そう腹上死を宣言されたジャンは呆れるしかなかった。 マフィアで男同士で腹上死?どこの笑い話だ?それは、と。 溜め息にも似た吐息を吐き出せば、 仕方ないとでもいうようにルキーノの首に腕を回したジャンが思いっきりその体を引き寄せた。
「っ……ジャン!?」
 ぎゅうぅーっという音が聞こえそうなほどルキーノを抱きしめたジャンは、 近付いた額に軽く口付けを落として笑った。
「腹上死の前に、アンタに酸欠にされてあの世逝きする方にマイバッハ1台」
「どうせならイタリア車にしろよ。腹上死する方にリンカーン1台だ」
 といいつつ、ルキーノはジャンの下着ごとスラックスを剥ぎ取る。 ゲッとジャンが気付いても遅く、 すでにその手はジャン自身に絡みついており止めることはできなかった。
「っ……、リンカーンはアメリカ車だろうが」
 そんなことでも言っていないとすぐにでも流されてしまいそうで、 ジャンは必死で取り繕うがルキーノの手に翻弄されるのは時間の問題だった。
「いくらラッキードッグの賭けとはいえ、この賭けは譲れん」
 2人揃ってリンカーンで葬儀でもしようじゃないか、と、 まるで世間話のついでの如く死んでも一緒だと言われたジャンは、 その意味に気付く前にその手がもたらす快楽に溺れてしまった。





「つまりはだ、腹上死=アンタに犯り殺されるってことだよな」
「そういうことだな」
 情事後特有の気怠さに体を支配されたジャンが動けないのをいいことに、 ルキーノはベッドの中でジャンを引き寄せる。ジャンも抵抗する気力すらなく、 大人しくその腕に包まれてまどろんでいた。頭の上で紫煙をくゆらせるルキーノを見上げて、 相変わらずイイ男だなと思っても口には出さなかった。その視線に気付いたルキーノが、 その手のゴロワーズを口に運び吸い上げた紫煙をジャンの口に移す。 それに留まらないのがこの男だとジャンは知った上でそれを受け取った。 舌を差し出せば絡められて吸い上げられる。 舌の裏から根元、歯列をなぞり上顎を舐め上げて一端退いた舌が元の口に戻れば、 今度は顔中にバードキスを浴びてくすぐったそうにジャンは身を捩る。 ジャンの腰を片腕で抱きしめたルキーノは、こめかみにキスを落としてから耳元へと声を落とす。
「いつも犯り殺されてるだろう?」
 一瞬にしてジャンの顔が真っ赤に染まった。 賭けは俺の勝ちだ、とルキーノが宣言してゴロワーズをベッドサイドの灰皿へと捻じ込んだ。
「リンカーンでどこへでも連れて行ってやろう」
 そこで初めて知ったのは、 すでに白いリンカーンが車庫の中で出番はまだかと待っていることだった。
「天国だろうが地獄だろうが、どこへでも?」
「お前とならどこへでも」





 翌日、ピッカピカの白いリンカーンでドライブと称した仕事放棄の逃走は、 ルキーノが言った通り目的地は『天国逝き』となった。 目的地への白いチケットにしては安いものだと語ったルキーノを、 ジャンは動けない体で思いっきり蹴飛ばしてそのままメインルームへ担ぎ込まれたらしい。





END


アトガキ

 本当はプレジデント・コンバーチブルを出したかったんですが、 急遽リンカーンとマイバッハに変更しました。 何故って?プレジデントって聞くと別のがイメージされそうだったので。 あとゴロワーズの名前を出したかった。 それだけのための小説でしたorzだって調べれば調べるほど1932年って色々出てくるんだもの。
 マイバッハはドイツ車です。当時の車種でいえばマイバッハ・ツェッペリンをイメージしてもらえれば嬉しいです。 現行マイバッハは別ブランドが復活させたものですが、当時のモノも現行のモノも好きです。 むしろ現行モデルは物凄すぎて固まりました。存在感が違います。装備が違います。オフィスが走ってるようなものです。あれはイイ。
 んで、ゴロワーズはタバコのブランド名ですね。一応当時にもあった名前を使用してみました。 フランス産の紙巻きタバコで、響き的にルキーノに似合いそうだな〜って思っただけ。 葉巻でも良かったんだけど、葉巻の煙を口移しはまずいだろうと思いまして。アレは香りを楽しむもんですからね。肺に吸い込んじゃダメ。

 一言断っておきますが、 あくまでこの情報(車とタバコ)は独自に調べたものと父上の知識による勝手な妄想です。 間違ってる可能性もあるんで気をつけてくださいませ。

2009/07/25